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2006 07,16 00:14 |
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先日、代休を取ったので、 真昼間からひとりで「笑っていいとも」を観ていた。 と、その日のコーナーのひとつで 恋人から言われた甘い台詞に点数をつけるようなものがあった。 (柴田理恵と石原良純が演技をしていた。 以下、台詞を思い出して再現。 細かいところは違うかもしれません。) 設定: 場所は喫茶店。 テーブルで向かい合う恋人同士。(←柴田、石原。) 柴田 「ねえ、最近冷たいじゃない?」 石原 「ん?そんなことないよ」 柴田 「えー、絶対冷たいーー!」 石原 「。。。。。(無言。)」 柴田 「○○くん、ホントにあたしのこと好き?」 石原 「。。。好きじゃないよ。」 柴田 「(ショックな顔)」 石原 「オマエのことは、好きじゃなくて、 (数秒の間。) 。。。愛してるんだよ!」 柴田 「(感激してる顔。)」 と、たしかこんな寸劇だった。 この台詞を実際に言われたのは20代前半らしき女の子で、 当時のことを嬉しそうにタモリさんに向かって話していたけれど、 結局その相手とは別れてしまったようなこともちらっと言っていた。 さて。 わたしがこの寸劇を観て思ったこと。 それは、 「そんなに簡単に、愛なんて口に出来るものなんだろうか。」 という疑問だ。 前のblog(←今はほとんどの記事を消去した。)を 見てらした方はお分かりかもしれないけれど、 わたしはこう見えて結構モテるし、 男の人と週末同棲していたこともあるし、 この人↑とは別の人と一緒に暮らしていたこともあるし、 20も年上の人から告白されたことも、付き合っていたこともある。 けれどそんな中で、 そのうちの誰を本気で愛していたかと問われれば、 多分、たったひとり。。。。、 多く見積もっても(笑) ふたりしかいなかったと思う。 何人もの人と付き合ったからと言って それがイコールその人たちを愛していたことになるのかと言われれば それは違うと思う。 こんなことを書いて ズルイ女だと思われるとイヤなので 正直、書くのは随分躊躇したが、 誰かと出会って付き合うこと、 身体を重ねること、それがイコール愛かといえば絶対に違う。 ある人と知り合い、その相手に好感を持って、 その人をもっと知りたいから付き合い始める。 この時点ではそれは「好意」であって愛情ではない。 そして、言葉を交わし、時間を重ね、身体を重ね、 段々と感情が育っていく。 けれど、必ずしも すべての人へのそれが愛情になるわけではなくて 「好意」のまま終わってしまうこともあるし、 好意以上愛情未満で終わることもある。 それなのに、 こんなにも多くの人が「愛してる」「愛してる」と 連発している現実に驚く。 大体、1年やそこら付き合ったくらいで 愛情というのは芽生えるのだろうか。 誰かを本気で好きになって、それを「愛」と認識するまでには もっともっと時間がかかるような気がする。 20歳そこそこの人は 気安く愛だと口にするけれど、 本来愛情というのは時間をかけて築くもので 簡単に芽生えるものでも、 誰かれ構わず口に出来るものでもないと思う。 本当のそれは、 もっと神聖で もっと高貴なものなんじゃないだろうか。 PR |
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コメント |
若い頃は、自分の好きという気持ちが走り過ぎて、相手を認めること、関係を築いていくという認識は弱かったかも。
ただ、好きという言葉は多用しなかったと記憶してます。だから余計に不安にさせる事もしばしば。 いいともに紹介された愛してるって言葉は、多用された「好き」に対する、大切な思い、好きって気持ちを表したものかもしれませんね。 【2006/07/1717:34】||kuji#92c7461255[ 編集する? ]
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タイトルと本文を深くむすびつけないでください 私もいくつも恋をしてきました。 もしかしたら今が一番恋してるのかもしれないです。 子供もそれぞれそこそこ大きく育ち、 自分の考えを私たち親も含めて学習し、応用していく。 10年前に教わった事が今そのままの状態で通用するのでしょうか? おそらく今に合った方法にアレンジしないとどうしようもないでしょう。 私と妻は今別居中です。 でもお互い大切にしているし、愛してもいます。 不思議な関係でしょ(笑) 今日も朝電話で、来週ぐらい家族でご飯でも食べに行こうかって誘ってくれました。 うれしかった。泪がこぼれるんじゃないかと思うほど嬉しかった。 でも断りました。俺の方から誘うからそれまで待ってくれって かっこいいのか悪いのかそんな事はわかりませんが、それがその時の私の本当のきもちだったんです。 早く、食事だけじゃなく、旅行でものんびり誘いたい気持ちは私の中でパワーになりました。 まず、心の病を 一歩ずつ・・・ 歩いていきます! 無理の無いように・・・ 【2006/07/1822:00】||BOSS#9a800e4c56[ 編集する? ]
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kujiさん。 またコメント頂けてすごく嬉しいです。 kujiさんの空間も、毎日のように拝見していますよ。(^-^) >若い頃は、自分の好きという気持ちが走り過ぎて、 >相手を認めること、関係を築いていくという認識は弱かったかも。 そうでしょうか? もう2年近くkujiさんと(blog上だけですが)交流しているわたしには そんな風には思えませんよ。 いつだって人の気持ちを思いやれる、素敵な方だと思っています。 >いいともに紹介された愛してるって言葉は、 >多用された「好き」に対する、大切な思い、 >好きって気持ちを表したものかもしれませんね。 これは、実際に視聴者の方が言われた台詞を 「いいとも」の中で再現していたんですよね。 まあ、他人の恋愛は他人の恋愛なので 誰がどこでどんな台詞を言っていようと 関係ないのですが(笑)。。。それでもそれがあまりにも浅はかに思えると 「それって違うんじゃないの?」と、 心の中で反論したくなります。 恋愛に限らず、感情って、 もっとゆっくり育つものなんじゃないかと思うのは、 わたしだけでしょうか。 j |
BOSSさん。 軽妙なコメントをありがとうございます。 >タイトルと本文を深くむすびつけないでください わかりました。結びつけずに読むことにします。 (最初、わたしの拙文を嘲笑されているのかと思いましたが。。。 どうなんでしょうか。) >私もいくつも恋をしてきました。 そうでしょうね。(^-^) BOSSさんのblogを拝見しているとそう思えます。 >もしかしたら今が一番恋してるのかもしれないです。 はい。(^-^) こちらも、BOSSさんのblogを拝見していると、本当にそう思えます。 >私と妻は今別居中です。 でも~~ >不思議な関係でしょ(笑) いいえ。「不思議な関係」とは思いませんよ。 そばにいるだけが、すべてではないでしょう。 「離婚した今のほうが、ずっと愛していたと分かるの。」 これは、ある女性の言葉ですが、 わたしにはこの言葉の意味が痛いほど分かります。 身体がそばにいることと、心がそばにいることは、 まったくの別物でしょう。 そして、身体を重ねることと、心を重ねることも。 そんなのは、わたし程度でも、よく分かります。 >早く、食事だけじゃなく、旅行でものんびり誘いたい気持ちは私の中でパワーになりました。 >まず、心の病を >一歩ずつ・・・ この頃しみじみと思うのですが、 何をもって幸せと言うかは、 本当にその人それぞれなのだなあ。。。ということです。 物が溢れている、地位を手にする、夢に辿り着く、 100人居れば100通りの、「描く幸せ」というのがあって、 けれどそれは、かなえたからと言って決して終わりではなく、 やはり人は、命ある限り、歩みを止めることはないのだと そんなことを当たり前の日常の中で思い知る出来事が つい先日ありました。 BOSSさん、精神的なつらさが少しでも和らぐように わたしもこの場所で祈っていますね。 BOSSさんの言葉通り、「無理せずゆっくりと。。。」 どうか、ご自愛なさってください。 j |
愛とは無償のもの
かな? 俺にはこのくらいしか言えない。 しかし・・・ 同棲した男と別れるなんて、 客観的に見ると もったいないぞ 【2008/05/2717:41】||株と虫#5498602e68[ 編集する? ]
Re:色恋沙汰には無縁なもので
株と虫さん。 こちらにもコメントありがとうございます。 「愛とは無償のもの。」 。。。。たしかにそうですね。 でも、現実に恋愛をしていると、どうしても見返りを求めてしまう 狡い自分もいます。 理想の自分と、現実のわたしの間には まだまだ深い河が横たわっています。(笑) j |
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